心理的安全性とは何を測る言葉か 公開 2026-09-13 更新 2026-09-14 約 6 分
心理的安全性は、このチームでは対人的なリスクを取っても大丈夫だ、とメンバーが共有して持っている信念を指す。1999年にエイミー・エドモンドソンが『Administrative Science Quarterly』誌の論文で定義した。測っている対象はチームの気候で、個人の性格でもメンバー同士の仲の良さでもない。
原語は psychological safety。日本語にすると「安全」が事故防止を連想させるが、この語が扱うのは、質問する、助けを求める、ミスを報告する、反対意見を言う——そういう行為をしたあとに何が返ってくるかの見込みのほうだ。
定義は「対人的なリスクを取っても安全だ」という共有された信念
論文の定義はこうなっている。a shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking(チームは対人的なリスクを取っても安全だという、共有された信念)。エドモンドソンは、この信念はたいてい暗黙のもので、当然のこととして扱われ、意識して考えられることは少ないと書いている。
共有されている、という部分が効いている。ひとりの心の中の安心ではなく、チームの多くのメンバーが同じような見込みを持っている状態を指す。同じチームにいれば同じ構造の影響を受け、同じ出来事を経験するので、認識は収束していくはずだ、というのが論文の説明だった。
信頼との関係も論文が整理している。心理的安全性は対人的な信頼を含み、そのうえで、対人的な信頼と相互の尊重によって特徴づけられるチームの気候まで指す。信頼が自分と相手の二者の間に成り立つのに対して、こちらはチーム全体の共有物。
含まないものも決めておくと使いやすい。メンバーの内向性、発言の量、仲の良さ、目標の低さ、仕事の負荷の軽さ。どれも定義には入っていない。
黙って守っているのは、自分の像と次の仕事の割り振り
対人的なリスクという言い方は抽象的だが、論文はその中身まで書いている。ミスを認める。助けを求める。それをすれば無能に見えるかもしれず、自分についての像に傷がつく。エドモンドソンはこれを image cost(像のコスト)と呼び、印象の問題で終わらない部分をもうひとつ挙げた。昇進、昇給、次にどの仕事を任されるか——それを決める人に悪い印象が渡ったとき、失うものは具体的な形をとる。
論文はこの説明を、面目を保つ行動(face saving)の研究につないでいる。人は自分と相手の面目が立つように振る舞う社会的な期待に、意識しないまま従う(Goffman 1955)。助けを求める、ミスを打ち明ける、フィードバックを求める。どれも面目を脅かす側の行為だと論文は整理していて、だからチームの得になる場面でさえ、打ち明けないほうが選ばれる。
裏返すと、チームは安全だという信念は、この見込みが小さい状態を指す。論文の言い方では、発言した人を当惑させたり、拒んだり、罰したりはしないという確信。
測り方は7つの質問。うち3つは逆向きに書かれている
エドモンドソンが論文で使った尺度は7項目で、「まったく当てはまらない」から「とてもよく当てはまる」までの7段階で答える。項目は次のとおり。訳は筆者による。
このチームでミスをすると、たいてい責められる(逆転項目)
このチームのメンバーは、問題や難しい課題を提起することができる
このチームの人は、自分と違っているという理由で他人を拒むことがある(逆転項目)
このチームでは、リスクを取っても安全だ
このチームの他のメンバーに助けを求めるのは難しい(逆転項目)
このチームには、私の努力をわざと損なうような行動を取る人はいない
このチームのメンバーと働くとき、私の持つ固有の技能や才能が価値を認められ、活かされている
1・3・5は逆向きで、強く当てはまると答えるほど心理的安全性は低い側に振れる。集計ではこの3つを反転させてから合算する。
個人が答えた値をチームで平均して、チームの値として扱う。平均という手続きには、答えが割れたときに割れ方が見えなくなる副作用がついてくる。4人が7を選んで1人が2を選んだチームと、5人全員が6を選んだチームは、平均だけ並べるとよく似た数字になる。
値が低いチームでは、言わないほうの選択が積み上がる
エドモンドソンが調べたのは、ある製造業の企業の51チーム、427人。心理的安全性が高いチームほど、チームの学習行動——助けを求める、ミスについて話す、試してみる、外から情報を取ってくる——が多かった(p<.001)。この関係は、メンバー自身の回答でも、チームの外にいる観察者が評価した行動でも、同じ向きに出ている。
媒介の分析もある。チームリーダーのコーチングと、組織からの支援は、心理的安全性を経由して学習行動につながっていた。心理的安全性の値だけを直接動かす方法は、この分析からは出てこない。
職場での現れ方を考えるなら、7項目が聞いている行為に戻すのが早い。値が低い職場では、会議で分からないまま黙る、手戻りに気づいても報告を翌週に回す、助けを求める代わりに自分の残業で埋める。一回ずつは小さくて、記録にも残らない。積み上がって表に出てくるのは、たいてい納期か離職のほうから。
高ければ高いほどいい、と論文は書いていない
エドモンドソンの分析で、心理的安全性はチームの成果を直接説明する変数として置かれていない。学習行動を経由する経路として位置づけられている。安全であること自体が結果を生む、という書き方はされていない。
個人差もある。同じチームで同じ会議に出ていても、契約が来年で切れる人と、10年いて後輩を持っている人とでは、反対意見を言ったあとに返ってくるものの見込みが違い、7項目に同じ数字を書く理由はどこにもない。発言のコストの感じ方は、人によって違う。勤続年数、雇用形態、その職場で通用する専門性の量——どれも、黙ることの損得を変える。必要な水準は仕事の性質でも変わり、手順が決まっている仕事で質問を飲み込むのと、前例のない仕事で飲み込むのとでは、後者のほうが早く行き詰まる(推定)。
「うちの会社の心理的安全性」という言い方は、そもそも単位が合っていない。この語はチーム単位。同じ会社の中に、7に近いチームと3に近いチームが並んでいるほうが普通だ。
自分の周りを数えられる単位に割る
チームの値を知りたくても、7項目を職場全体に配れる立場にいる人は多くない。手元だけで数えられるものを3つ。この2週間で、分からないと言えた回数。ミスや手戻りに気づいてから共有するまでの時間。助けを求めた相手の人数。
数えると、「話しにくい」という感覚が、時刻と人数になる。4週ぶん貯まれば、1on1 や面談で持ち出せる形になる。